一見普通の親だけど深いところで子供に無関心な親

きちんと子供の世話をしてかわいがっているんだけど、実は親本人も気づかないくらい深いところで子供に無関心な親ってそこそこいると思っている。


そんな親に育てられたら、当然生きづらくなるはず。

虐待されていたわけではないけど、パニック症(障害)やうつなど、メンタルに何らかの問題を抱えている人の場合、特にその可能性が高いかなと感じている。

もちろん、そうじゃない人でも可能性はあると思うが。


言ってしまえば、私の親もそうではないかと思う。親にそれを伝えたら否定するかもしれないけど。

確かに、物質的にはそこそこ恵まれていた。手作りの洋服やお菓子とか、希望した習い事を全部習わせてもらえるとか諸々。


でもね、愛情ってそういうものじゃないからねぇ。



もしかして私の親は私にあまり関心がなかったかもと気づいたのは、何年か自分の内面と向き合ってきた後のこと。

向き合い始めは全くわからなかった。


いや、私に関心がなかったと言うのは語弊があるかもしれない。

一応、物質的なことばかりじゃなく愛情らしきものも与えてもらったとは思う。

けど、振り返れば、肝心な時にサポートしてもらえなかったと強く感じることが多かったとも思う。

それは、私がそう解釈しているってこと。


散々書いてきてなんだけど、我が家は楽しいこともあるごく一般的な(って何?)家庭ではあった。親に感謝もしてる。そこがトリッキーなんだけど。


で、肝心な時にサポートしてもらえない(と感じる)ことが多々あると、例えば

「私に興味を持ってくれる人なんていない」

「私を愛してくれる人なんていない」

「私は独りぼっち」

「誰も助けてくれない」

「人に甘えてはいけない」

「一人で頑張るしかない」

「誰も私のことをわかってくれない」

「誰も信用できない」

なんて自覚のない思い込みが作られて、それを大人になっても持ち続けることになる。

歯を食いしばって孤軍奮闘している。体が常に緊張している可能性が高い。


そして、愛情を求めて積極的になる人もいれば、逆に「私なんて」と最初から諦めて消極的になる人もいる。



もしかして私も?と思う方は、上記の「 」の言葉を逆にして、自分に言葉がけをしてみるといいかもしれない。


例えば、自分が目の前にいるとイメージして、

「あなたは愛されているよ」

「人に甘えてもいいんだよ」

「もう一人で頑張る必要はないよ」

と言ってあげる。


労いや褒める言葉をかけてあげてもいいと思う。


どんな感覚が出てくるかは人それぞれ。


私は、素直に受け止められなかったなぁ。スーッと冷めてしまう感じがあった。

自分の中の「どうせ私は愛されないキャラ」がすねていたみたいね。



どうしたかと言うと、「今まで放っておいてごめんね」と、まずは謝り倒す。そして、「助けに来たよ」と安心させてあげる。

何か反応があれば共感して、言い分があれば耳を傾け、心の栄養となるような安心してもらえる言葉をかける。できれば毎日。

言葉がけと同時に体感にも意識を向けることが大事。体がゆるむのを感じるかもしれません。



親が子供に無関心だからと言って、その親が悪いわけではありません。

親も生きづらさを抱えているんだと思います。

そして、それは親の親から来ていたりするんですね。


だから、親を責めるのは酷ってものです。



普通の家庭に育ったと思っていても、実はこんなことが潜んでいるよってお話でした。




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心理セラピスト 長沼美恵(ながぬまみえ)